国際機構法 2009年度後期

期末試験
 

試験 2010年2月12日(金) 11:20-13:10

持込 六法貸与(六法には国連憲章が含まれている)

試験問題 (PDF)

添付資料 外務省「わかる! 国際情勢」vol. 53より、下の方にある「EU独自のガバナンス」の図

 

講評

問1 (70点)

1. ねらい

 

2. 全体的コメント

 問1を見て、「何だ、簡単じゃないか」と思ったらほぼ確実に不合格である。おそらくは大半の受験生が頭を抱えたであろう。その場合、「何を問われているのかが判らない」と思って頭を抱えたのならやはり不合格だろうが、「こんなむちゃくちゃな主張をどうやって正当化しろと言うんだ」と思って一瞬頭が白くなったのなら、おそらく合格している。国連憲章の基礎が身についていれば、この主張を見てすぐに「そんなあほな」と思うはずである。

 

3. 配点

 (1) 例示された措置の国連憲章との整合性 40点

 (2) 一方的不支払と国連憲章との整合性 30点

 

4. 解説

 上記(1)については、関連する国連憲章の条文を探し出し、何らかの説明を試みていれば(説明が成功していなくても)合格点を与えており、例示列挙された4つの論点について全て説明を試みていれば満点を与えている。この部分については9割以上の答案が満点だったので解説は不要だろう。

 問題は(2)である。そもそも、これについて一言も触れない答案が多く、採点者としてはショックを受けた。この法律案の核心部分は、分担金を(一部であるにせよ)支払わない、というところにある。にも拘わらずそこを論じないというのでは、白紙答案を提出しているのとほぼ同義である。講義においても、「ある種の経費事件」を扱った回と「財政」の回と、少なくとも2度にわたって一方的不支払の問題についてその重要性を指摘していたところである。

 とにかく、何か書いてくれていれば救済のしようもあるが、一言も書かれていればどうしようもない。一方的不支払の正当化を一切試みていない答案はそれだけで30点を失うこととなり、今回「可」「不可」となった答案の大半はこれが直接の原因である。

 では、何を書けばいいか。よく見られたのは、次のような記述である。なお、以下引用する答案例は全て部分的抜粋であり、かつ、誤字脱字を含め、文章表現に多少手を加えている。

【答案例1】

 納めるべき分担金につき、国連憲章19条に見られるように、支払わないことにやむを得ない事由がある場合一定の考慮がなされるが、本件ではこれがやむを得ない事由であると考えられるため、支払の留保も認められると考えられる。

残念ながら、これでは何の説明にもなっていない。なぜ「やむを得ない事由」であるのかの説明が一切ないからである。もっとも、19条に言及していることを考慮して、加点はしているが。

【答案例2】

 アメリカの措置は、19条の「やむを得ない事情」にあたるのか。もしあたらないとなると、アメリカの投票権が剥奪されてしまい、問題となる。

 改革の実現のためには、ある程度の目標や条件などを付けなければ、実効性に疑問が残ってしまう。また、アメリカ側も、分担金を国庫から支出しないのではなく、半額は別口座に保管という形をとっている。そのため、もし活動資金が不足するというような緊急事態に陥ったときは、その口座から出すことも可能である。以上のことより、アメリカの提案した実現方法であっても、19条但書の保護に値し、投票権を剥奪されることはない。

このように、何らかの説明を試みておれば、説明が不十分であったとしても、さらに加点している。では、上の答案のどこが不十分か。それは、短所を共有する下の答案を見てみるとよく判るだろう。

【答案例3】

 国連改革法案における改革内容が、アメリカ合衆国にとって必要不可欠で、その実現のためにこのような措置をとらなければならないほど切実な状況であることが証明されれば、「やむを得ない事情」として認められ…。

「アメリカ合衆国にとって必要不可欠」であれば「やむを得ない事情」があることになるのか? 19条の「やむを得ない事情」の例として、講義では分担金委員会報告書U.N. Doc. A/64/11(抜粋)に示された例を示した。その例と、上記のような主張はどのように整合的に説明できるだろうか。

 なお、講義では国連憲章の英正文のみを用いていたところ、19条の英正文の当該箇所は"due to conditions beyond the control of the Member"であり、上記の答案例のような主張が無理であることは難なく理解できよう。採点者としては、講義でこの箇所に何度も触れたので受講生は英正文である程度理解しているだろうと思っていたが、講義での説明が悪かったのか、"beyond the control of"の部分が頭に残っていた受講生はごく少数だったようである。もっとも、試験会場では英正文を配布していないので、英正文との整合性については目をつぶることとした。これもまた、日本語で国連憲章を読んでいるととんでもない誤解をする例の一つである。

 では、どうすればいいか。「ある種の経費」事件を思い出してみよう。たとえば、次のような答案があった。

【答案例4】

 「ある種の経費」事件の例にあるように、分担金の支払いを拒否する加盟国も存在する。

 そのこと自体はその通りだが、しかし、問題はその支払い拒否が憲章上合法かどうか、である。そこについての説明がなければ、意味がない(もっとも、「ある種の経費」事件に言及していれば、それだけでも加点している)。では、ソ連やフランスは、どのようにして自国の支払拒否を憲章上合法だと主張したか、思い出してみよう。

【答案例5】

 これまでの国際司法裁判所の判示によれば、国際連合の目的達成のための措置であれば、国連憲章上明示の権限付与がなくても黙示的に措置の有効性が認められる。[中略]ひるがえせば、国連憲章の目的達成の障害となる現行の制度が存在するとすれば、その制度の正当性は否定されうる(あるいは、その制度を変更する行為は正当化される)。また、国連加盟国たる一国家が、国連の目的達成のための改革提案をすることも正当化される。ゆえに、当国が提案する改革案が拒否されるような場合には、国連は、その目的達成のための措置を怠ることになるから、そのような機構に対しては有効性の推定は働かない。したがって、そのような機構の予算措置についても正当化事由が存しないことになるから、当国は分担金支払いの義務から免れる。

 ここまでがんばれば立派なものである。もちろん、この主張は鉄壁どころか容易に反撃にあうものではあるが、しかし、与えられた情報の範囲でここまでの主張を組み立てることができれば言うことはない。「ある種の経費」事件をめぐって議論した国際機構の権限の性質を理解していれば、ここまでは書けるはずである。

 【答案例5】が正統派の回答であるとすると、異端と位置づけるべき次のような回答があった。

【答案例6】

 改革の不実施に伴う米国の分担金不拠出についてであるが、憲章にはただその19条において「2年以上の支払い遅滞に伴う総会での投票権剥奪」が明記されているのみであり、不拠出に伴って国連からの除名等のそれ以上の制裁を受けるものではない。仮に我が国が要求する改革案が実施されず、支払いの遅滞が2年を超過したとしても、我が国が総会での投票権を失い、ならびに国際社会における信頼の失墜という社会的制裁を受けることのみで解決する問題であり、我が国は何ら憲章に対する敵対的意図を有しているわけではないことをご理解いただきたい。

 政策的正当化でなく法的正当化を、と問題文に書いたことがこのような答案を誘発したのだろうか。政策的にはほとんどあり得ない主張であり、こんなことを議会で言うと袋だたきに遭うだろうが、法的にはあり得ない立場とは言い切れない(「契約を破る自由」と共通する立場である)ので、これはこれで評価している。

 ただし、一見する限り似たような以下の答案は、同程度には評価できない。

【答案例7】

 満二年間分の分担金額を超えない限りにおいて、米国は分担金を支払わない自由も有していると考えることができ、「改革案が実現されなかった場合、半額を支払わない」という法案の規定は何ら法的問題を生じないと解することができる。

分担金支払義務がある以上、単に投票権剥奪という形での制裁が課されないだけであり、義務違反との非難は避けられない。「支払わない自由」があるのであれば、義務違反との非難を受ける可能性もないはずである。また、いずれにせよ、4年経てば2年分の未納が累積することになる。もっとも、このような答案も、問題のありかを認識できていることから、加点の対象としている。

 さらに、異端と言うよりは「逃げ」の回答もあった。

【答案例8】

 国連総会決議の70%以上がコンセンサスで採択されている現状では、19条の制裁を気にする必要はあまりない。

もちろんこれは十分な回答ではないが(投票に付す、と言われればそれまで)、ソ連とフランスとの関連で実践されたことでもあり、これまた加点の対象としている。

 

 ちなみに、問題の基となった本物のUnited Nations Reform Act案は、アメリカ合衆国議会資料ウェブサイトThomasで入手できる。第109会期で、法案番号(Bill number) H.R. 2745で検索されたい。法案がどのように扱われたかも見ることができる。

 

問2 (30点)

1. ねらい

 

2. 全体的コメント

 東アジア共同体についての問だが、実際に問われているのはEUの理解である。EUの主要機関として理事会・委員会・議会……があることを「知っている」かどうかを問う問題ではないことを明確にするために、試験問題に添付資料を付けた。それぞれの機関がどのような構造を有していて、どのような機能・権限を有しているか、その相互関係はどうなっているか、といった、EUの構造についての正確な理解が問われる。

 自由に記述できるせいか、充実した答案が少なくなかったが、他方、「法による統合」というヨーロッパ統合(とりわけEU)の特性と、法的規制を避けてきたアジアの地域統合の在り方との違いに注目した答案が少なかったのは残念だった。

 

3. 配点

 (1) EUの各機関の構造・機能・権限を理解している。 (15点)

 (2) その理解が、回答者が考える「東アジア共同体」の姿と整合的に示されている。 (15点)

 

4. 解説

 「東アジア共同体」としてどのようなものを構想するかは、資料に基づく範囲で回答者に委ねており、どのようなものを構想してもそれ自体は加点・減点の対象にしていない。

 

 (1) 積極的評価を受ける答案

 もちろん、上記「3. 配点」の二つを充たすものである。EUの機構を理解した上で東アジアへの適応可能性を探る答案は少なくなかった。いくつか挙げてみよう。

【答案例9】

 「東アジア共同体」構想において、注意すべきは、

  • ヨーロッパ以上に経済格差の大きいこと
  • 国家間において統治原理が相当異なること
  • 特にASEAN諸国は主権委譲に関して消極的であろうこと
  • 多くの国が海に隔たれ、歴史的によく似た文化を形成してきたわけではないこと

等が挙げられる。

 したがって、EUの制度から得るべきは、まず第一に欧州理事会のような政策の方向性を決定するものである。あくまで、方向性を決定するだけにとどめる。

 次に、理事会・委員会に範を求めて、具体的な方策を探ることになる。しかし、EUのように統合までを望めないであろう東アジア共同体は、立法権・行政権について相当程度制約する必要があり、そこでの決定に法的拘束力を持たせるべきではない。若しくは、ある事柄について反対の国は拘束されないなど、主権国家の枠組をかなり確保しなければ、東アジア共同体は有名無実で機能しなくなるおそれが強い。

 なお、全くの余談ですが、「多くの国が海に隔たれ……」の部分は疑問の余地があります。たとえば、桃木至朗『海域アジア史研究入門』(岩波、2008年)を読んでみてください。

【答案例10】

 欧州議会については適切でないように思う。一つは、EUにおいては、今や経済分野だけでなく、平和・政治の方面など多岐にわたる協力がなされているため、欧州全体の議会を設立して、市民の意見をある程度取り入れることも必要になるとは思うが、アジアで、まず経済統合を達成しようと思うならば、市民の意見を取り入れるよりも、トップダウン方式で物事を決めていく方がスムーズに運営できるように思うからであり、もう一つは、EUにおいてはほとんどの国で民主化が達成されており、選挙で代表を決めるという考えが根付いているが、アジアでは北朝鮮などのようにそもそも国内で選挙制度が整っていないのに、アジアの共同体としての選挙を実施するということに無理があるように思うからである。

 

 (2) 消極的評価を受ける答案

 多くの答案がそれなりの内容の回答を示していたが、残念ながら以下のような問題を含む答案も頻繁に見られた。

 (a) 問に答えていない

 非常にもったいない答案は、問われていないことに一生懸命答えていて、問われていることに答えていないものである。

【答案例11】

 EUをモデルとして考える場合に、EUのもつ側面について検討すると、EUにおいては(1)通貨統合が進んでいる(通貨面)、(2)貿易障壁の緩和(物流面)、(3)労働力・人の移動の自由化(人の移動)という三側面が挙げられる。

 日本がEUの機構的構造から取り入れるにあたって、(1)通貨統合は非常に望ましいが、貨幣価値に差がありすぎるといった側面を考慮すると、なお問題が残るため、欧州中央銀行のように、各国の中央銀行からの代表で組織され、各国相互間の通貨安定を目指す、調整機能としての機関を設置することは有用であると考える。(2)物流面であるが、関税の撤廃、その他貿易障壁の緩和を促進することは、東アジア構想の中にも取り入れることは十分可能であるが、その際に注意しなくてはならないのは、EUの各国は大部分が陸続きであるのに対し、東アジアにおいては海で隔てられているという事実である。よって、単に関税障壁というだけでなく、輸送面(海運や空輸)での障害も考えなくてはならない。例えば、エネルギー(石油・石炭)といった問題もその一つである。さらに、(3)にあたっては、宗教的違いを考慮に入れて、人的交流を推し進めていく必要がある。

この答案の第2段落の(1)はともかく(ただし、欧州中央銀行に関する記述は誤り)、(2)以下では問と何の関係もないことが書かれている。「機構的構造」「加えるべき修正」が問われていることを忘れてはならない。問われていないことに答えた場合、その答がそれ自体としては豊かな内容を持つものであったとしても、一切評価の対象にはならない。

 また、添付資料の図をそのまま文章にした答案が散見された。

【答案例12】

 まず、東アジア共同体構想につき、経済統合を目指す第一歩となるのは、やはり首脳会議の重要性であり、欧州理事会の構造を取り入れる必要があろう。首脳レベルの最高協議機関を設置し、政策の方向性を設定することにより、首相が述べる目的の方向付けが全体に対してなされることになる。

 次に、その決まった方向性を具現化・実行するために取り入れるべきは、EU理事会である。これにより、経済法制といったソフトインフラが実行力あるものとして行かれることになる。[以下、委員会、議会、中央銀行等につき同様の記述が続く。]

これでは、回答者が念頭に置く東アジア共同体にどのように適応させるか、「加えるべき修正があるならばそれはどのようなものか」、という問に対して何も答えていない。もし修正の要なく、東アジア共同体でもEUと寸分違わぬ機構的構造が適切だというのであれば、その旨説明する必要がある。その説明さえしていれば、いかに現実離れしていても、評価の対象としている。例えば、次の答案などである。

【答案例13】

 まず、第一に欧州司法裁判所にならって東アジア司法裁判所を取り入れることが重要であると考える。なぜならば、欧州統合は単なる条約締結によって実現したものではなく、欧州統合実現に向けて加盟国の利害を適切に考慮しつつ、欧州司法裁判所が画期的な判決を下すことによって実現された部分が大きいからである。

 したがって、このような司法裁判所の働きなしに統合は不可能であると考えられるため、東アジア司法裁判所の設置は不可欠である。

 

 

 (b) EUの機構的構造に関する理解が誤っている

 これは、勉強不足としか言いようがない。たとえば、「EU理事会が欧州委員会に対して規制・指令等の決定を命ずるシステム」を導入すべきという答案や、「EUの機構的構造から取り入れるべきは、三権分立の構造である」と書くものなどである。

 

 (c) それぞれの機構が果たすべき機能が書かれていない

【答案例14】

 EUをモデルとして東アジア共同体を構想する場合に、欧州委員会を範として、行政の役割を担当するものを取り入れることが適切である。しかし、EUの欧州委員会は、その委員の選出につき、民主的正統性を持たない点が問題である。そこで、欧州議会を範として、東アジア市民の中から議員を東アジア市民の投票によって選出し、議会を構成して、その中から能力の高い者を選び委員会を構成する。そして、議会と委員会を相互に抑制させるということが考えられる。

この答案では、ここにいう議会や委員会の構成員の選び方は書かれているが、その議会や委員会が何をするのか何も書かれておらず、それが東アジア共同体の中でどういう役割を果たすのか、見当がつかない。欧州議会や欧州委員会と同じだ、というのであれば、EU理事会(に相当する機関)はどうなるのだろうか。何らかの説明が求められる。

 

 (d) 記述に内在的矛盾がある

【答案例15】

 円滑に経済法制等を進めるために、欧州委員会やEU理事会のような期間も設けるべきである。しかしながら、この点は東アジア統合初期において、EU理事会のような民主的正統性を直接には有さない機関に意思決定件を委ねることは、かえって統合を失敗させてしまう可能性がある。

 したがって、東アジア共同体においては、その初期では各国の首脳レベルで構成された東アジア理事会に意思決定権を委ねるのが適切である。

 EU理事会が「民主的正統性を直接には有さない」のはその通りだが、同じことは欧州理事会(をモデルとする「東アジア理事会」)にも言える。直接選挙かどうかを問題にするのであれば、韓国の大統領は直接選挙だが、日本の首相や中国の国家主席はそうではない。ヨーロッパでも事情は同じである。

 

以上