神戸大学法学部 2006年度後期
国際紛争と法
講義の概要
○授業のテーマと目標
中央機関による強制執行の存在しない国際法体系において、紛争処理のために法はどのような役割を果たしているのか、いないのか。一見する限り法はなんの役にも立ちそうにない国際紛争過程を法の観点から検討することにより、「法」について、また、国際関係についての理解を深めることを目標とする。
○授業内容の要旨と授業計画(2006年8月1日追記)
初回講義において詳細なシラバスを配布する。以下に記すのは、講義計画の概要である。
- 紛争処理と国際法 概論
- 紛争処理に関する国際法の歴史的展開
- 紛争処理に関する国際法規範・制度の概観
強制管轄権を持つ裁判所も強制執行機関もない国際法は、紛争が生じた場合にどのような処理手続・制度を有しているか。紛争処理制度の歴史的展開――これは戦争の法的規制と不可分である――を概観し、現状を体系的に理解する。
- 事例研究
「国際紛争処理法」の全体像についての大まかな理解を基に、紛争処理に関する国際法規範が実際にどのような働きをするのかについて、3つの事例を通じて考える。「現場」での国際法の使われ方を見ることにより、「体系的」学習だけでは得られない深い理解を得ることを目的とする。
- 事例1 イラク戦争 ハイ・ポリティクスにおける国際法の役割
武力を行使すべきかどうかという、究極の政治的選択の場面において、国際法はどのような役割を果たしているか。他を圧する唯一の超大国の行動に、国際法は何らかの意味を持っているのか。国際法の存在理由が改めて問われたこの事例を通じて考える。紛争処理における国連の役割が検討の中心となる。
- 事例2 ロッカービー事件 国際法をめぐる外交戦
国際法は、天から降ってくるものでも地から湧いてくるものでもなく、諸国家が作り、利用し、改変していくものである。諸国家は、どのように安全保障理事会や国際司法裁判所を使い、国際法をめぐって争うかを、「テロとの戦い」の一事例を用いて考える。国際司法裁判所における訴訟手続(国際司法裁判所の使い方)が検討の中心となる。
- 事例3 国際投資紛争処理 私人と国家との紛争に国際法はどのように関わるか
2006年7月に発表された『2006年度版通商白書』が示すように(第3章第4節1(1)(PDF))、2005年には、日本の所得収支は貿易収支を上回った。そして、この傾向は今後も続くと考えられている。これはすなわち、貿易(通商)に並んで、あるいはそれ以上に、国際投資が日本にとって重要になってきている、ということである。
では、日本の将来にとって大きな意味を持つと思われる国際投資について、国際法はどのような規則をおいているのだろうか。貿易(通商)についてはWTOがかなり充実した紛争処理制度を備えているが(→「国際通商と法」小室教授)、投資においてはどうだろうか。日本も近年ようやく力を入れ始めた投資保護協定や経済連携協定が定める紛争処理制度を検討しつつ、私人(企業)が国家を相手に争う場合に国際法をどのように用い得るかを考察する。
○教科書・参考書
- 国際法の教科書1冊。既に持っているものがあれば、それでよい。持っていない受講生は、以下のいずれかを入手し、予復習に用いると共に、講義に持参すること。(2006年7月7日追記)
- 杉原高嶺ほか『現代国際法講義』(有斐閣、第3版、2003年)
- 松井芳郎ほか『国際法』(有斐閣Sシリーズ、第4版、2002年)
- 中谷和弘ほか『国際法』(有斐閣アルマ、2006年)
- 条約集は必携。『ベーシック条約集』(東信堂)、『国際条約集』(有斐閣)、『解説条約集』(三省堂)のいずれでも良い。
- 松井芳郎ほか『判例国際法』(東信堂、第2版、2006年)を予復習に用いることを薦める。講義への持参は義務づけない。(2006年8月1日追記)
- 各回講義において、予習課題・資料を配付する。「国際」紛争を取り扱うので、当然ながら、少なからぬ英語文献資料が配付される。
○履修上の注意
- 国際法概論および国際機構法を履修していることが望ましい。
- 講義は、十分な予習を前提に、ほぼ100%対話形式で行われる。
- 初回講義の予習課題を7月頃にHPに掲載する予定である。
○成績評価方法 期末試験・平常点・レポート
成績評価は、
1.講義中の議論への参加
2.レポート3本
により行う。いわゆる「期末試験」は行わない。
「講義中の議論への参加」については、発言内容の適否ではなく、議論に参加しているかどうかに着目する。議論に参加する受講生のみ、レポートに基づく成績評価の対象とする。
3本のレポートは、いずれも同一のテーマ(受講者が自ら選択する)につき、教員のアドヴァイスを受けつつ作成する。最初の2本は、そのテーマに関する論文や裁判例を要約するごく簡単で短いもの(A4・1枚)、最後の1本はそのテーマについて自分なりの意見を述べるある程度骨のあるもの(ただし最長でも1万字)を作成する。詳細については初回講義で説明する。
○オフィスアワー
開講時に指示する。
○ 学生へのメッセージ
本講義では、現場での国際法の使われ方を学び、そのために国連文書や外交文書などの一次資料を多く用いる。外交官・国際公務員を志望する者、国際関係に興味のある者、ビジネス界で国際的に活躍したい者には特に受講を勧めたい。
また、特に「国際」にこだわらず、「法」そのものに関心がある者にとっても有意義な講義になるようにしたい。法学部では、法体系の構造や法規範の解釈について学ぶ場は数多くあるものの、法の「使われ方」を学ぶことはあまりない。紛争当事者の立場に立って法を使おうとするとき、これまで観察者として眺めていたものとはまた違った法の姿が見えてくることに気づくだろう。