神戸大学国際法
表紙へ     講義のページ

神戸大学法学部 国際機構法 2005年度前期

期末試験・講評

2005年7月27日(水)1限
163教室
持ち込み制限なし


試験問題(PDF)


問1

これは、Hans Kelsen, The Law of the United Nations, London, Stevens & Sons, 1951, pp. 294-295からの抜粋です。Kelsenは、法哲学・国法学の研究で著名ですが、国際法にも大きな足跡を残しています。

(1)

 問1(1)は、試験前にも話したように、基礎的事項をしっかりと理解できているかどうかを問う問題です。

 

最低限書くべきこと

 この2点について適切な記述がなされていれば、問1につき30点を与えます。

 

書くことが望ましいこと

 上記基準で30点を得た答案について、さらに以下の要素について適切に記述されていれば、内容に応じて加点しています。また、上記基準で30点に達しない答案についても、以下についての説明次第では、30点まで引き上げています。

 

多く見られた誤り
 採点にあたって減点法は用いていませんので、減点対象にはしていません。が、同じ間違いは繰り返さないように。

優秀答案
(誤字・脱字および句読点に多少の修正を加えています。)
 この主張は安保理の超法規的な行動の可能性と安保理の国際立法権限についての主張であり、立法権限については既に9.11事件以降に決議1373、1540で一般的立法権限の行使と考えられる決定がなされている。

 このような主張の根拠としては、まず、国連憲章39条の文言を国際連盟規約16条と比較した場合に、前者は安保理のとる強制措置が加盟国の違法行為(この場合は国連憲章2条4項で禁止されている行為)に対するリアクションとしてのみ想定されているのではないという点が指摘できる。つまり、国連では、平和に対する脅威は、連盟規約16条の違法行為よりも広範な概念であり、それを安保理が認定すれば、たとえ既存の法では合法的行為であっても、強制措置をとることができるのである。このような安保理の超法規的とも言える行動は、安保理が憲章上国際の平和と安全について主要な責任を負っていること、および憲章1条1項が「国際の平和および安全を維持」するためには、「正義および国際法の原則」を逸脱した行動をも想定していることからも正当化される。

 さらに、憲章25条によって法的拘束力つまり加盟国に履行義務が規定されている安保理の決定は、同103条の憲章義務優先規定によって既存の条約にも優先する強力かつ広範な権限が付与されている。また、憲章2条7項で、国内管轄事項は強制措置の適用を妨げるものではないとしている。ゆえに、平和を維持する必要のために安保理が超法規的行動をとることは憲章に違反しない。よって、国連損害賠償事件でICJによって確認されたように、機構の設立条約中に明示的な規定がなくとも、その任務の遂行に不可欠な権限は設立条約の必然的含意として必要的に推断されるという、いわゆる黙示的権限の理論がここでも適用され、それによって安保理が新たな法を作り出すようなことがあった場合にも、それは法的に正当化される。また、ある種の経費事件でも確認されたように、少なくとも第一次的には各機関による自らの管轄権についての決定に有効性の推定が働き、さらに、安保理の決定を取り消す手続が国連には欠如していることからも、安保理の決定は実質的に違法とはなり得ない。

 このように安保理の権限を広範かつ強力に認めることについては、国際連盟の失敗によって教訓を得た国際連合が、強制措置の発動手続の組織化を行い、また国連は大国の軍事強制力による平和の実現を重視し、安保理による中央集権的な統制に加盟国が協力するという形態をとったという経緯からも、強く求められていると言える。
コメント
 これは、もう、コメントの必要なし。

 

(2)

 これは難しかったでしょう。

 政策的・道徳的観点からの批判が多く見られます(「大国だけで物事を決めることができ、望ましくない」など)。が、中間試験についても述べたように、法の議論をする場合には、その政策的・道徳的議論がどのように法の議論に結びつくのかを説明しない限り、政策的・道徳的議論に価値はありません。

 また、「濫用のおそれがある」という主張も散見されました。しかし、およそあらゆる法制度には「濫用のおそれがある」ので、それだけでは意味のある批判にはなりません。

 以下のような主張をした人が何人かいました。いずれも反論を招く議論ですが、大いに参考になるでしょう。

 なお、単純に「憲章2条1項の主権平等に反する」と書く答案が少なくありませんでした。しかし、2条1項をそのように単純に理解するのであれば25条も説明できませんので、これでは不十分です。

 

 

問2

(1)

 みなさんの「総合力」を問う問題です。「何を憶えたか、何を知っているか」だけを確かめるのではなく、これまでに学んだことから得た思考力・論理構築力・説明力に基づいて、できるだけ制約のない中でどれだけ説得的な議論を構築することができるかを見る、ということをねらいとしています。

 なによりもまず、「憲法」の定義をしてから議論を始めなければなりません。答案の冒頭で定義する必要は必ずしもありませんが、どこかで一応の定義をしないと、何について論じているのかがわからないので、採点したくてもできません。なお、わざわざ英語・仏語のconstitutionを付記しておいたのは、狭い意味での憲法にとらわれてほしくなかったからです。

 いずれにせよ、語の定義は基本的に各人の自由ですので――この点については、碧海純一『法哲学概論 全訂第一版』(弘文堂、1973年)43頁以下が必読です。同書最新版ではなく『全訂第一版』を参照してください――、各人がなした「憲法」の定義ないしその要素に照らして国連憲章が適切に論じられているかどうかを評価の対象としました。

 多く見られた指摘は、次のようなものです。もちろん完全な指摘とは言えませんが、いいところを突いています。各人による「憲法」の定義に対応させる形で以下の要素のいずれか一つについて適切に論じられている場合、30点を与えました。複数の要素につき論じられている場合、議論の内容に応じて加点しました。

優秀答案
(誤字・脱字および句読点に多少の修正を加えています。ちなみに、問1(1)の優秀答案とは別の学生による答案です。)
 Constitutionとは、"the system of laws and basic principles that a state, a country or an organization is governed by"と説明される。この定義によれば、まず、国連憲章は国際機構である国連の憲法である、と言える。国連憲章に定められているのは、「国際の平和と安全の維持」「人民の自決権」「人権および基本的自由の尊重」「武力行使の禁止」「自衛権」等、国際社会の基本原則となるものであり、これは国家における憲法の定める内容と似ている。また、内部機関についても、国家=国民ととらえるならば、安保理は政府にあたり、正当な暴力を有しているという点でも類似している。専門機関も、各省庁や委員会ととらえられる。

 今や、国連加盟国は191ヵ国に上っており、地球上に現在存在するほぼ全ての国家が国連に加盟していることになる。よって、国連は国際社会の大部分を占めるに至っており、国連憲章はそれらの国を規律する。また、国連憲章の内容は国際社会全体にとっても基本的な原則であるので、国連非加盟国を含めた国際社会全体を規律すると言える。

 つまり、
  1.constitutionはorganizationをも規律するものであることがある。
  2.国連憲章に定められている目的および原則は、国家における憲法と類似している。
  3.国連憲章に定められている内部機関は、国家における憲法が定めるシステムと類似している。
  4.国連加盟国は国際社会の大部分を占める。
の以上4点より、国連憲章は国際社会の憲法である、と言える。
コメント
 これで、憲章103条の検討もなされていればさらに良くなったところです。また、具体例をもって説明するよう、心がけてください。
 なお、回答者の名誉のために付け加えておけば、この回答者は、次の(2)で、国連憲章が非加盟国を拘束することにつき疑問を呈しています。

 

(2)

 ここも、各人による「憲法」の定義と対応させて議論する必要があります。

 多く寄せられた批判は、「大国に一方的に有利」というものです。が、そう書くだけでは、なぜ「憲法」と言えないのかは判りません。単純化して言えば、

となるわけですが、この「大前提」を議論していないと「結論」も導けないわけです。もっとも、「三段論法」については大いに議論の余地があります。とりあえず、ルイス・キャロル「亀がアキレスに言ったこと」(永江良一訳)を参照してください。なお、この文章の翻訳は、柳瀬尚紀の手によるものが、ルイス・キャロル『不思議の国の論理学』(ちくま学芸文庫)にあります。個人的には柳瀬訳をおすすめします。

 もう一つだけ「誤答」を指摘するとすると、「実効性がない」というものです。「国連憲章は、必ずしも遵守されていない」という回答です。が、法の実効性と妥当性との関係は単純ではなく、「実効性がない」ことから妥当性の不在を単純に帰結することはできません。みなさんは、日本国憲法はいつも遵守されていると考えますか? そうでないとすると、日本国憲法は憲法でなくなる?

 さて、では、どのようなことを書けば良いか。繰り返しますが、それは各人による「憲法」の定義に依存しますので、一般論としては言いにくいところです。多く見られた指摘として次のようなものがあり、これらが各人による「憲法」の定義と関連して論じられていれば、加点対象となります。

優秀答案
(誤字・脱字および句読点に多少の修正を加えています。これも、問1(1)の優秀答案とは別の学生による答案です。問2(1)(2)の答案を掲載します。)
(1)根拠
1.国際社会の憲法であるとは、国際社会の存立の基本条件を定める根本法であること、そして、根本的機関・作用の大原則を定める基礎法でああって最高法規であることをいう。

2.国連憲章は、国際の平和と安全、さらに人権・経済的発展といった広い範囲に渡る目標を定め、これらの目標を実現するために武力不行使や内政不干渉といった国際法原則を憲章の中に定めた。さらに、これら目標を実現するために、安全保障理事会や経済社会理事会などの機関を作ることによって各分野に渡る業務の実施にあたる。

3.国連憲章は必要に応じて補助機関を作ることを可能にしており、そして、国際連合の機関だけではなく、広い分野に渡る他の国際機構との連携も行われている。

4.他の条約や国際協定との関係については、国連憲章の103条により、憲章に基づく義務が優先される。

(2)批判
1.国家の憲法の場合、その憲法で定められた原則に基づいて民法や刑法といった他の法律が作られるのに対して、国連憲章の場合、たしかに国際法原則が定められているとはいえ、そこから他の条約や国際協定が生まれるわけではない。憲章103条により憲章の義務が優先的であると定められているとしても、基本的には他の条約と平等な地位にある。

2.国連憲章は根本的に多数国間条約である。したがって、その性質から、制限を受ける。たとえば、国連憲章は、国連憲章に加入しない国を拘束することはない。それに対し、国家の憲法の場合、国全体に渡って拘束力を持つ。国連憲章は国際連合の設立文書であるため、国際連合の組織内部においての最高法規ではあるが、国際社会においては単なる多数国間条約にとどまる。

3.国家においては、憲法の下で設置された諸機関は憲法に従って行動するが、国際連合の場合、安保理の決定は、平和維持のため必ずしも合法的でない手段(例えば武力行使)を使用することもある。

 したがって、国連憲章が国際社会の憲法というのは不正確である。
コメント
 これまた良く書けた答案です。ただし、やはり、このような抽象的議論に合わせて、具体例を用いた説明もほしいところです。
 ただし、安保理による強制措置が「必ずしも合法的でない」という表現は、正確ではありません。国連憲章に基づく措置である限りは。

最終成績

期末試験の成績を基礎に中間試験の成績も考慮に入れて、以下のような結果になりました。

不可
8 3 7 3 21

試験結果について疑問がある場合は、教務係で成績交付を受けてから2週間以内に私までe-mailで連絡してください。直接面会して説明します。