期末試験問題

2001年9月18日1限

 

 バルカノ半島にあるマケドン共和国は、スラヴァ連邦の連邦支分国であった。民族構成は複雑であり、隣接するアルバニー国で多数派であるアルバニー人が7割、スラヴァ連邦全体で多数派であるスラヴァ人が2割、その他が1割を占めていた。
 

 スラヴァ連邦は多種多様な民族からなる連邦国で、冷戦終結後の民族運動の高まりを受けて、いくつかの地方が分離独立していった。マケドン共和国においても、スラヴァ人支配――共和国政府は日本の都道府県よりも小さな権限しか持たず、スラヴァ連邦政府は全員スラヴァ人により構成されている――に反感を抱くアルバニー人の間に独立志向が強く、スラヴァ連邦政府との間に緊張関係が続いていた。

 

 2000年10月、マケドン共和国議会の選挙が行われ、同共和国の独立を主張するアルバニー民主民族党が9割以上の議席を獲得する圧倒的勝利を収めた。同選挙には、マケドン共和国に住民登録しているスラヴァ連邦国民成人のすべてが投票権を持つが、人口構成上不利な立場にあるスラヴァ人を主たる支持母体とするスラヴァ自由党は、この選挙は「民族間衡平を欠く不当な選挙」であると批判し、投票ボイコットを呼びかけた。その結果、スラヴァ人はほとんど投票に参加せず、選挙の投票率は69%にとどまった。

 

 同年11月に招集されたマケドン共和国議会は、全議員の9割を越す圧倒的多数で、マケドン共和国の独立の是非を問う住民投票を行うことを決定した。ただちに行われた住民投票に対してもスラヴァ自由党はボイコットを呼びかけ、事実上アルバニー人だけで行われた住民投票の結果、独立賛成が99%以上を獲得した。マケドン共和国議会はただちに「マケドン国」の独立を宣言し、大統領にウチェカを選出した。スラヴァ連邦政府は独立を承認しない旨の声明を発表したものの、軍事力行使については、周辺諸国からの自制要請があること、「マケドン国」の軍事力も侮りがたいことなどから控えている。

 

 2001年1月に招集された第一回マケドン国議会は、統治機構に関する立法を次々に採択した。その立法により、アルバニー人優遇政策が次第に明らかとなった。議会議員・大臣・課長クラス以上の公務員はすべてアルバニー人でなければならず、しかもスラヴァ連邦で有力なロシア正教の信者であってはならない。また、スラヴァ人地主が所有する農地はすべて剥奪され(補償なし)、小作人であったアルバニー人に分配された。スラヴァ人が上場企業の株式を保有することも禁じられ、既に上場企業の株式を保有している場合は政府に没収された(補償なし)。大学入学についても民族別の枠が設定され、少なくとも新入生の95%はアルバニー人でなければならないとされた。さらに、「マケドン国国籍」を持たないスラヴァ人がマケドンに入国する際には査証の取得が求められるようになった。近隣諸国国民(スラヴァ人を除く)に関しては、査証の取得は求められていない。さらに、行方不明になるスラヴァ人がしばしば見られるようになった。

 

 これら措置に対しスラヴァ連邦政府は強く抗議したが、マケドン国政府は、「スラヴァによる差別的植民地支配で圧倒的劣位におかれたアルバニー人が平等を回復するために必要な措置」であるとして抗議を受け付けなかった。さらに、スラヴァ連邦政府は、「ウチェカ大統領はスラヴァ人を誘拐し殺害している。このような『民族浄化』は国際法上の犯罪であり、人道的に容認できない」とも非難したが、マケドン国政府は「事実無根のでっちあげだ」と反論した。

 

 マケドン国政府は周辺諸国に「マケドン国」に国家承認を与えることを求めた。しかし、今までのところ「マケドン国」を明示的に承認する国はない。その理由は必ずしも明らかにされていないが、中には「『マケドン国』が十分な人権保障制度を確立させれば承認する」と自国議会で述べた政府もあった。マケドン国政府は国連加盟も申請しているが、まだ可決も否決もされていない。

 

 マケドン共和国に在住していたスラヴァ人ロストロは、「マケドン国」独立宣言後に農地を没収されて収入の道を失ったうえに、反マケドン運動家の兄弟が行方不明となったことに身の危険を感じ、アメリゴ国に脱出した。同国には、「アメリゴ国裁判所は、国際法に反して行われた不法行為に関して、外国人が提起する民事訴訟に対する管轄権を有する」と定める「外国人不法行為法」がある。ロストロはこれに基づいて、「マケドン共和国および同国大統領ウチェカ」を訴えた。「マケドン共和国(自称マケドン国)による農地没収と兄弟の殺害は国際法違反であり、損害賠償を求める」という内容である。

 

 これに対し、マケドン国政府は、アメリゴ国裁判所の管轄権を争う抗弁を提出した。その内容は次のとおりである。

 A.マケドン国は国家であり、国際法上主権免除を享有する。

 B.ウチェカは国家元首であり、国際法上免除を享有する。

 C.いずれにせよ、本件はアメリゴ国とは一切関連しない。

 D.いずれにせよ、国際法違反を主張できるのは国家だけであり、ロストロにその資格はない。

 

 これを受けて、ロストロの弁護団は、
     1.自称「マケドン国」は国際法上の国家でない(したがってウチェカは「国家」元首でない)。

     2.いずれにせよ、本件に関しては主権免除は適用されない。
     3.いずれにせよ、国家元首の免除も本件に関しては適用されない。
     4.本件に関しては、関連性の有無にかかわらずアメリゴ国裁判所は管轄権を有する。
     5.本件に関しては、私人たるロストロも国家の国際法違反を主張できる。

と反論することにした。

 本件関係国は、国際連合憲章・市民的及び政治的権利に関する国際規約・経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約の当事国である。

 

問 あなたは、ロストロ弁護団の国際法担当弁護士である。国際法担当は3名おり、それぞれが少なくとも2つの論点につき立論をし、余裕があれば3つ以上の論点に取り組むことになった。弁護団の主張の少なくとも2点につき、条約ないし慣習法に基づき立論せよ。

 

採点基準に関する注意

・弁護団の主張1から5のうち、いずれか2つに十分な回答をすれば「優」を与える。
・どの項目に回答するか、どういう順番で回答するかは回答者の自由である。ただし、項目の番号を明記すること。

・3つ以上に回答する場合、3つ目以降はボーナス点としてのみ考慮する。すなわち、
 ・最初の2つで合格点に達しない場合、3つ目以降の項目の出来如何にかかわらず、不合格とする。
 ・3つ目以降の項目に対する回答が不十分なものであっても、減点しない。
・採点終了次第、講評などをhttp://www2.kobe-u.ac.jp/~sho2856/に掲載する。